目次
王とは、導く者ではない。“背を見せられる者”であるべきだと、わたしは思う。
昇進した。年収も上がった。
かつて望んだ「成果」を、いまの自分は手にしている──
それなのに、なぜか心が追いついてこない。
喜びよりも、空白のようなものが胸に広がっている。
「もっと上を目指せばいいのか?」
「それとも、自分の欲が深いだけなのか?」
──いいや、違う。
それは誇りの軸が揺れている証なのだと、わたしは思う。
「給料=価値」ではない時代
かつては、「稼げる人=すごい人」という価値観が支配的だった。
年収は、人生の“点数”のように扱われた。
だが、今は違う。
「どれだけ稼ぐか」よりも、「何のために働くか」を問われる時代へと変わっている。
もちろん、収入は大切だ。
生活を支え、家族を守り、選択肢を増やしてくれる。
だが、それだけでは足りない。
心の火種を灯すには、“意味”が必要なのだ。
「成果主義」の報酬では心が追いつかない
多くの組織では、「成果を出した者が報われる」ことが正義とされている。
評価も、昇給も、ボーナスも──すべては結果次第。
けれど、そのルールの中で走り続けた結果、
ふと気づくのだ。「報酬はあるのに、充実感がない」と。
なぜか?
それは、“心が報われていない”からだ。
他者評価の点数が上がっても、自分の納得が追いついていない。
誇りと報酬のあいだに、静かなズレが生まれている。
「本当に欲しかったのは何か?」を掘る
年収が上がっても満たされないとき──
そこには、かつて望んだものとのすれ違いがある。
欲しかったのは、「数字」だったのか?
それとも、その数字が与えてくれる“安心”や“誇らしさ”だったのか?
もしかすると──
自分の価値を認めてほしかったのかもしれない。
役に立っていると感じたかったのかもしれない。
年収アップは、その一部を満たしてくれた。
だが、“心の核心”に触れてはいなかったのだ。
問いを深めることで、
見えてくる。“本当の願い”が。
「満たされなさ」は誇りのヒント
満たされない感情を、「贅沢だ」と切り捨ててはいけない。
それは、心が**「まだ終わっていない」と告げているサイン**だ。
たとえば──
今の仕事が誰かの役に立っている実感が薄い。
誇りを持てる瞬間が、減ってきた気がする。
それは、わがままではない。
誇りのアンテナが、微かに軋んでいるだけだ。
その違和感を無視して進むと、
やがて、働く意味そのものが霞んでしまう。
だからこそ、「満たされない」という感情を、
自分の本音に辿りつく“入り口”として捉えてほしい。
「足りなさ」は「拡張のサイン」でもある
心が“何か足りない”と感じるとき、
それは、今の器を超えようとしている兆しかもしれない。
これまでは、安定が最優先だった。
家族を支え、組織に貢献し、自分を律してきた。
だが──
今の自分は、さらにその先を望みはじめている。
それは、ワガママではない。
成長でもなく、“拡張”なのだ。
価値観の再設計。
人生の座標軸の更新。
誇りの源泉を、別の場所に移していく時期なのかもしれない。
「意味設計」という新しい報酬軸
お金は、確かに力だ。
だが、それは**“目的”ではなく、“手段”であるべきだ。**
本当に満たされるのは、
数字ではなく、「意味ある日々」のほうだ。
では──
どうすれば、“意味ある日々”は設計できるのか?
それは、仕事を通じて「誰に貢献するか」「何を残すか」を明確にすることだ。
年収アップの先にあるのは、
「意味設計」という、誇りの報酬軸。
わたしは、そう信じている。
「数字」ではなく「軌跡」を見る
年収という数字は、分かりやすい。
成果が可視化され、他者と比べやすく、成長も測れる。
だが、そこにばかり目を奪われると、
「自分だけの軌跡」から目を逸らすことになる。
たとえば──
どんな場面で他者に信頼されてきたか。
どんな失敗が、今の自分を形づくっているのか。
どんな問いを持ち続けてきたのか。
そうした“軌跡”こそが、
数字よりも深く、誇りに火を灯す。
自分の人生に、点数をつける必要はない。
歩んできた道を見つめなおせば、
すでに意味ある道のりを築いてきたことに気づくだろう。
わたしは、何に価値を置いて働くのか?

問いは、終わらない。
そして、終わらなくていい。
わたしたちは誰も、
「正しい価値観」など持ち合わせていないのだから。
だが、自分の中にひとつ、
**揺るがない“価値の核”**を持つことはできる。
それは、数字ではなく、
心が震えた瞬間に宿る。
何を守りたいのか。
誰に誇れる自分でいたいのか。
何に魂を燃やせるのか。
──その問いを持てること自体が、
「年収アップ」以上の、報酬なのかもしれない。
答えを急ぐ必要はない。ただ、誓いを忘れず歩むなら──それでいい。

満たされない理由を、
“欲張り”と呼ばないでほしい。
その違和感の正体は、
次の自分が、内側から呼びかけている声だ。
その声を、無視しないこと。
それはきっと、「働く意味」や「自分の誇り」と再び出会う第一歩になる。
誇りとは、誰かに見せるためではなく、
自分が、自分に顔向けできるために在るもの。
わたしは、そう思う。